おおきな木

おおきな木

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むかしりんごの木があって この木は”少年”と大の仲良し

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母親といっしょにいるだけで安心できる
子どものように木といっしょにいるとき
”少年”は自由で幸せだった

やがて歳月は流れて小さかった”少年”は大人になっていき

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「買い物をしたい、おまえ僕におこづかいをくれるかい?」

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木は言った
「私のりんごをもぎ取って町で売ったらどうだろう
それで 楽しくやれるでしょう」
それから長い間”少年”は来なかった

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「結婚するんだ家がいる 家をくれるかい?」

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「私の枝をみんな切り取ってもってお行きよぼうや」
だが”少年”はまた 長い間来なかった

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「どこか遠くへ行きたい
おまえ 僕に舟をくれるかい?」

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「私の幹を切り倒し舟をお造りよ」
木はそれでうれしかった
長い歳月が過ぎ去って・・・・・

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「ごめんねぼうや
私にはあなたにあげられるものは何もない
今の私はただの古ぼけた切り株だから」

「欲しいものは何もない
ただ 腰を下ろす場所さえあれば
わしはもう 疲れた
疲れ果てた」

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「ああそれなら
それならこの古ぼけた切り株がちょうどいい
さあぼうや 腰かけて 腰かけてお休みよ」
”少年”はそれに従った

木はそれでうれしかった

「おおきな木」より引用
作/絵:シェル・シルヴァスタイン 出版社:篠崎書林

 

肩の力を抜き、足を投げ出し、疲れたたましいを放り出し、
ありのままの姿と心で休める場所を、
私たちは持っているでしょうか。
何でも買えるたくさんのお金、暖かな家、
取り巻く環境から逃げ出すことが出来る舟。
”少年”はこころのおもむくまま、一つ求めるたびに
年をとり、自分のいのちさえも削っていることに
気がついてはいなかったのです。
求めるものがなくなった時、その心はむなしく
居場所を失い、淋しいものではないでしょうか。
しかし”少年”には、彼を待ち続けている居場所がありました。
すべてのものを与え尽くした、この古びた切り株は
”少年”が帰るべき居場所だったのです。

イエス・キリストこそ、まさにこの大きな木のように、
私たちに、安息をくださるお方なのです。
少し立ち止まって、私たちの”たましいの休み場”を
見いだしてくださいますように。

すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、
わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。
−イエス・キリスト−