いこいの水のほとり

いこいの水のほとり

牧師の父をもつ、ある婦人が記しました。

『七度のガンの転移、そして脳腫瘍を患ってから、父は徐々に体が動かなくなり、ついには寝たきり状態となった。 思考がまとまらなくなり、家族の名前、自分の名前さえ言えなくなってしまった。 介護というと、食事をあげたり、身体を拭いたりなど、生活ができるようにするものと思いがちだが、むしろ大変だったのは、精神的な励ましだった。 いつも神様により頼み、天真爛漫だった父が、脳を腫瘍に侵され、弱気になっていく姿はとてもつらいものであった。
ある日のことだった。母がなにげなくかけた古いカセットから流れる

「いつくしみ深き友なるイエスは…」 にあわせ、自分の名前さえ言えなくなっていた父が口ずさみ始めた。 「われらの弱きを知りて憐れむ」 はっとした。 何か月も、どうせわからないだろうと、みことばも賛美も聞かせてあげることもなかったのである。 しかし、このことをきっかけに、父は聖書を読んでほしいと訴えかけてくるようになった。 聞きながら、「アーメン」とか「イエス様、助けてください」とよくうわ言のように言っていた。 つらさの中で飢え渇き、みことばを求め、そこから安らぎを得ている父の姿を見て、神様の深い愛はどんな状況にあっても力を与えるのだと実感した』 理屈でなく、極限の状態にあって、本当に人間を心底から力づけることができるものは何なのか? それは唯一、生けるまことの神様以外ありえないことを語りかけているのではないでしょうか。

「もしあなたのみおしえが私の喜びでなかったら、 私は自分の悩みの中で滅んでいたでしょう。 私はあなたの戒めを決して忘れません。 それによって、あなたは私を生かしてくださった からです」 詩篇119篇92~93節 聖書本文は新改訳聖書第三版(©新改訳聖書刊行会)

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